
高齢者総合ケアセンターこぶし園 園長
小山 剛
地震後の近況について その2
地震後3週間あまりが過ぎましたが、この間の余震は700回を超え、イスに座っているだけで体が
揺れている感じが抜け切れない状態です。
またライフラインは一部を除いてほとんど復旧しましたが、自宅が倒壊した、あるいは倒壊の恐れが
ある人など、現在でも10,000人前後の方々が避難されていますし、新幹線も一部が不通のままで、
加えて高速道路はサーフィンが出来る位うねっていますから、生活が元に戻るまでにはまだまだ
時間が必要な状況です。
さてこぶし園では前回の報告のように、二次避難の対応をするために、今月の1日に各避難所を
まわったのですが、想像していたより皆さんお元気で、二次避難にいたる方は山古志村の方々を
除いて少なかったのが現状です。
この理由を考えますと、長岡エリアは福祉サービスの整備が進んでいますから、一時避難の段階で
ほとんどの方々がサポートされたということと、災害地周辺施設の協力も迅速に行われたことによる
ものだと思います。
次の段階は、地域性と家族関係を考慮し、遠方の施設に避難した人達の必要なサポート期間を
適切に評価することだと思います。
つまり、もう自宅に復帰できる状況なのか、仮設住宅への移住なのか、あるいは数ヶ月数年後の
自宅建設までなのかということを把握することと、家族の近隣の施設への移動を含め評価しないと、
不必要に抱え込んでしまう危険性と必要なのに抱えられないという危惧があるからです。
また来月上旬に完成予定の仮設住宅(長岡市の450戸の仮設団地)に、これも仮設のサポート
センター(300u、私共の基本であるフルタイムサービス=デイ・ヘルプ・看護・配食・相談、これに
心のケアとして臨床心理士からの協力を仰ぐ予定)設置が決まり、現在準備に入っています。
従来であれば介護を受ける人は施設に収容され、仮設にその家族が離れて暮らすものであった
ことから、今回は要介護者も家族も仮設に住んでいただき、これをフルタイムで支えるものです。
もう仮設ですら要介護者と家族が共に地域社会で暮らす時代に入ったという、大変大きな出来事
だと思います。
現在運営方法を検討していますが、全国の皆様から協力いただき、この新たな仕組みを共有
したいと願っています。
2004.11.15
地震後の近況について
全国各地の多くの皆様から、お見舞いやご心配いただき本当にありがとうございました。
まだ余震はおさまってはいませんが、生活はかなり安定してきましたのでここで近況報告
いたします。
私は地震の当日東京で会議の最中に地震にあい、翌日からの予定を全てキャンセルして
レンタカーを借りて、翌24日の午前1:00に施設に到着して現在に至っております。
おかげさまで本体の利用者も在宅の利用者も皆さん無事でしたし、すでに水・ガス・電気とも
復旧していますので現在のところ生活に支障はなく普通に暮らしています。また600回を超える
余震もかなり少なくなってきました。
また当初自宅が壊れた方々の緊急入所を受けていましたので定員と合わせピークで257名の
支援(全て要介護者)をしていて、野戦病院化していましたが、ライフラインの復旧と居宅サービス
事業者の再開などと平行して在宅に戻っていただいています。(まだ本体に付帯しているデイを
休業して緊急入所にあてていますが・・・)
★スタッフの現状は
確かに大変な状況ではありますが、私たちのところではではおかげさまで県内の施設からの
応援(日帰りでお願いしました)や自前の学生(260人)でカバーしていますし、さらには出身大学
から仮設住宅を持ち込んで(被災地の救援には救援してくれる人達の生活の確保が重要です)の
応援(20人体制で2ヶ月いてくれます)をしていただきますので人員体制についても大丈夫です。
終わりに、あたりまえのこととはいえ、地震の翌朝から余震の続く中、かかわっている在宅単身者の
把握のための訪問や、配食・ホームヘルプ・訪問看護をいつものように24時間365日続けてくれている
スタッフに感謝しています。
まだ余震が続きますが、命さえあればあとはレットイットビーです。
介護保険法の改正に向け様々な議論がなされているが、在宅志向をうたった制度であったにも
かかわらず、逆に施設への入居申請が増加したことの分析・評価が急務であると考えている。
それはサービスを提供する際の根幹にケアマネジメントを導入し、支援や介護を要する中身につ
いて専門職のチームのよる客観的・科学的な評価に基づき、計画的にまた効果的・効率的にサー
ビスを提供するはずの仕組みが正しく機能していなかったと思うからである。そして私は実際に施設
サービスから在宅サービスのほとんどのメニューを提供している実践者の立場から、その理由を以
下のように感じている。
第一は、在宅において一人の要介護者が生活するために必要なサービス量が全く不足している
ということ、既存の在宅サービスは常に家庭内に介護者がいることを前提に提供されているという
ことだ。
訪問介護も通所介護も配食も「時々利用する程度」のサービス量であることがそれを裏付けてい
る。仮に施設でこれらのサービスが「時々利用する程度」だった場合に入居者の生活が支えられる
かと考えれば、在宅生活がいかに困難であるかが容易に理解されると思う。
第二は、施設サービスと在宅サービスの費用負担の格差である。施設利用の場合、一定額では
あるがサービスはある意味使い放題であるのに対して、在宅サービスでは出来高払いとなっている。
そのため、設定された条件を超えると自己負担になり、その負担額も高額になってしまう。
以上のことに加えて、家族介護か施設介護かという二者択一の選択肢であった経験から脱却さ
れていないため、意識を転換する教育の不足も感じるところである。
現在、こうした格差の是正を求める意見の中には、施設サービス利用者にも在宅サービス利用
者と同様に介護以外の費用負担を求める声があり、新型の特養ホームではすでにホテルコストの
負担が導入されている。しかし前記した二つの課題が解決されなければ在宅志向が進まないこと
は明白であり、単なる負担増になってしまう危惧がある。
そこで施設サービスと在宅サービスの均衡を図るためには、
@在宅においても施設と同様に、利用したサービスの種類や量に関係なく、包括的に月額利用料
を設定する報酬体系にすることと、安心した在宅生活を保障するために、既存の定時利用プランに
施設と同様のナースコールによる随時サービスを加えること
A既存の二者択一のサービスだけではなく、地域社会での生活を継続するための第三の選択肢
−つまり「小規模多機能サービス拠点」、これをさらに拡充する「施設機能の地域分散」−などの
整備が求められているものと思う。
2004.4.5
福祉新聞掲載
社会福祉の仕事をしているせいか、旅に出るとつい障害者用の設備に目が向いてしまい、特にトイレは度々使用させてもらっている。
ハートビル法や福祉のまちづくり条例、さらにはバリアフリー法(移動円滑化のために必要な旅客施設及び車両等の構造及び設備に関する法律)等の障害対策法が施行されてはいるものの、現状はまだまだ未整備で障害を持つ者には不便な社会である。しかし最近のJRの新型車両には誰もが使いたくなるようなポップカラーの障害用トイレが整備されてきている。寒くてトイレが近くなるためか、逆に暑くて水分摂取量が多くなるために使用頻度が高くなるかどうかはわからないが、北海道や九州に整備車両が多いのは面白い現象である。
こんなことに注目して旅をしていたら最近あることに気付いた。それは高速道路のトイレで、障害者用のトイレの手洗いが手動なことに対して、一般用トイレの手洗いが自動になっていることだ。
これは障害者といわれている人たちのほうが、自分の使用した水を止めることのできる健常者で、一般用のトイレを使用する人達が、痴呆症に似た「水栓閉め忘れ症候群」あるいは「無責任症」という障害を持つ者ということではないだろうか。
このことを教えてくれたのは最近脚光を浴びている道路公団の設備なのであるが、的確な判断というべきか、単なる障害に対する無知の結果なのか、皆さんはどう思われますか?
読売新聞夕刊「天窓」
2003.2.7掲載
介護保険が導入されてから3回目のお正月を迎えましたが、保健導入前と変わらぬ関係者の意識の低さに愕然としています。
介護保険創設の目的は高齢者自身の自立支援と在宅志向にあったはずです。しかしこれを支えるための在宅介護支援センターやデイサービス・ホームヘルパー等のサービス事業者の中に正月休みを取るところが多いのです。
でも介護に連続した支えが必要なことは言うまでもないことで、このことは施設や病院が24時間365日休まないことを見れば明らかです。
施設や在宅という生活環境ではなく,本人に必要な介護度合いを認定するという介護保険において、提供しているサービスに休みがあるということは、同居されている介護者に負担を押し付けているか、最初から必要のない程度のサービスだったと言われても仕方のないことだと思います。
在宅生活においても,施設と同様の連続したサービスの提供によって、介護者の負担をなくした生活を支える仕組みが求められています。
サービスを休んでも家族がみるから支障はないという意識こそ、誰もが望む『普通の暮らし」を阻害する非常識なのではないでしょうか。
正月休みの表示を見るたびに介護の意味を考えさせられます。
2003.1.7新潟日報掲載
このところ以前にも増して多くの方々がこぶし園においでになっていますので、皆様にはご迷惑をおかけしていることとお詫び申し上げます。理由はサポートセンターという新たなシステムを提唱・実施していることと、提供しているサービス44事業の内43事業が居宅サービスにあることから、従前の施設サービス中心の方々が方向転換のきっかけとしてこられているということなのです。
こぶし園では20年前の施設設置からずっと居宅サービスの拡充を目指してきましたので、これが当たり前のスタイルになっていますが、世の中の多くの福祉施設は施設に収容し、収容した人以外は一切支えようとしないようです。このことは施設には365日休まないサービスがまた毎晩夜勤者がいるのに、同じ介護認定を受けている近隣の高齢者には時々のサービス程度で勿論夜勤者もいないという事実が証明しています。
私達は現在施設を利用している皆さんの狭い住まい?(まことに申し訳ありませんが寝床程度です)が、住宅として満足できるものへと転換することと、平行して居宅における支援システムを拡充することで従前の暮らしにお返ししたいと考え、これを介護者の負担増や高額な負担にならないシステムとしてサポートセンターを開発したのです。
多くの見学者はこれを学びにこられるのですが、このことを理解するためには既成概念から脱却できないと困難なのです。しかし、自分が利用する立場で考えればごく当たり前のこととして理解されていきます。福祉サービスは既製品だけではなく、それぞれの地域で自分自身が使う道具として作り上げていくものだという認識とサポートセンターが広がり一日も早く普通の暮らしを支えられる社会を作りたいと願っています。
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先日厚生労働省の中村老健局長とお話をする機会があり、介護保険における施設と在宅サービスの格差是正と、在宅サービスは施設の周辺サービスではなく在宅サービスがメインで施設はサブサービスである旨を伝え理解を得てきたところです。
そして来年度予算要求には私達が提案してきたサポートセンターを構築するための予備段階である「地域分散型サテライト事業」が盛り込まれ、またこのことを補足するかのように先月の各種大会挨拶において中村老健局長は「介護と居住の二つの切り口で再定義が必要」「かつて特養は在宅で支えられない人の唯一の受け皿だったが、自宅と特養の間にはたくさんの段階のサービスがあり、施設か在宅かという単純な選択ではなくなっている」と述べられ、さらに香取老健局振興課長は「施設は小規模に解体し、地域に分散させる必要がある」と述べられておりました。
また高齢者サービス提供の中核機関である全国老人福祉施設協議会の中村会長も、施設を核とした多機能サービス複合体の必要性を訴えておられます。
このことはいずれも高齢者自身が望む「それまで築いてきた生活の継続」を支えるサービスであるサポートセンター構想と同じ方向であることに間違いはありません。
しかしここで重要なことは、在宅サービスの重要性が指摘されたから単純にサービスの種類を多くすれば良いのではなく、地域社会への啓蒙活動とマーケティングに基づく実際に使えるサービスの提供が必要だということです。
つまり利用される人達の既成概念(それしかない、預ける所)から脱却(自分がどのように利用したいか)することと、従前のような対象者のニーズを確認しないでサービスを作ることや、時々しか利用できないサービス、さらには夜間・休日にサービスが無い状態から脱却しなければなりません。
そして連続するサービス体制を提供することと平行して、個人の住まいとしての環境整備を徹底することが重要なポイントであると考えています。
過日訪問したスウェーデンにおける「暮らしを支えるサービスと個人の住宅」の思想は、国民性や多くの違なる要因等を考慮しても、「自分自身の望む暮らし方」に当てはめた時に基本は全く同じだと実感したところです。
つづく
現在の法制度では特別養護老人ホームの運営に民間事業者は参入できず、多くは社会福祉法人によって運営されているのですが、規制緩和の中で民間事業者にもその道を開放するよう求めている声が出ています。そして民間企業が参入できるPFI事業で実施できる新型ケアハウスでは、建物・人員基準などを特別養護老人ホームと同等としていることから、ある意味施設運営の一部が開放されたとも思えます。
しかし社会福祉法人自体の基本的性格を考えてみますと、その使命(mission)は顧客の満足(Customer Satisfaction)つまり対象者の満足(Client Satisfaction)を図ることにあります。そして利用者自身はもとより地域社会の満足(Community Satisfaction)をも図ることが大きな特徴です。
また社会福祉法人の目的は利用者や地域社会に役立つように、制度になっていないものや非効率と思われる事業に対して先駆的に取り組むことにあり、このために地域社会の皆さんやボランティアの方々から協力していただけるのですし、税制度でも優遇されているのだと思っています。だからこそ地域住民への啓蒙活動や保育園・小中学校の子供達を育てることや、地域社会での暮らしを望まれる皆さんを支えるために、20年間続けている介護教室やジャスコでの無料相談室の開催、制度にない3食365日の配食サービス、補助制度のない時代からグループホームを開設してきたこと、そして全国から注目され来年度から国の制度となる地域分散型サテライト事業の前身となったサポートセンター等様々な取り組みを行ってきたのです。
しかし、介護保険がスタートしてから、時々社会福祉法人が潤っているとの声が聞こえてくるのですが、私にはその声が信じ難いのです。社会福祉法人はその設立のために自己資産を投資し、施設を建てるときにもその一部は自己財源ですから運営には苦労しています。でも中には社会福祉法人が負担する部分を税金から丸ごと補助されている所が存在しているのも事実ですから、前記の声もあるのかもし知れません。また先駆的な取り組みを何もしないで、補助金事業だけを運営しながら、、一方で施設の業務に地域やボランティアの皆さんの手伝いを求めたり、利用者のご家族から奉仕活動と称した労働を求めているところもあるやに聞いています。私は自分への自戒も含めて、地域やボランティアの皆さんからの監視の目を向けていただきたいと願っています。私達社会福祉法人は地域の共有資源ですから皆さんが使いやすいように共に運営していただく所だと思います。
つづく
先月はユニットケアについて書いたところですが、今月はその延長にあるサポートセンターが何故必要なのかについて書きたいと思います。
在宅サービスへのシフト変換を目的とした介護保険が始まってからも施設入所希望は増え続け、国はもとより県や市町村財政の圧迫に加えて、被保険者自身の保険料アップにつながる大きな問題となっています。
しかしこのことはよく考えてみますと当たり前の結果だと思います。なぜならば現在の介護保険の仕組みでは施設の利用は一定額の負担ですむのに対して、在宅サービスの利用は一定範囲を超えた部分が自己負担となり利用者にとって重い負担であることと、在宅には施設のようにフルタイムで使えるサービスがあまりにも少ないことによるものです。
そしてこのことを改善しようとしないで、表面だけをみて施設を作りたがる人たち(ご自分は利用しないつもりの)がいることを同じ仕事をする一人として情けなく思っています。
自分らしい(父らしい、母らしい)暮らし方を支える仕組みを作らないと、いつまでたってもやむを得ぬ結果の施設が増え続けることになります。
育児を例にするとわかりやすいのですが、皆さんは「夜中に泣いている子供を放置してきましたか?」「夜中のおむつは替えませんでしたか?」「食事は毎日食べさせませんでしたか?」、聞かれると「そんなことするわけがない」ことばかりですが、現在提供されている在宅サービスの多くは残念ながら「夜間は手伝いません」「ご飯も1週間に1回だけ」ですし、あげくのはてに「土日祝祭日は休みです」がまだまだ横行している社会です。
一方家庭の状態がどうなっているかというと自分自身のことを見ておわかりのように、息子は会社員ですしその妻も会社勤めという共働きが一般的で、同居以外の子供たちも遠く離れて生活しています。
福祉サービスの原則が家族介護の限界を超えた人を対象としていたのはふた昔も前のことで、現在の社会構造では在宅も施設と同様にすべてを支えられるサービスが求められています。
これは家族に負担をかけてということではなく、住み慣れた地域社会において生活(一人暮らしでも)を支える仕組みが必要だということで、サポートセンター構想は施設でも自宅でもなく地域で暮らすことを支えるための仕組みなのです。
ファッションの世界でミニスカートの流行等が数年おきに繰り返されたりするように、福祉現場でも「ノーマライゼーション」「メインストリーミング」等その時々に注目される言葉が出現し、老人福祉の世界でも20年前の「オムツの随時交換」に始まり現在は「ユニットケア」が注目されてきました。そして8月3・4日の両日、千葉県の幕張メッセで全国から3000人あまりが参加して「第4回ユニットケア」を考える大会が開催されたところです。
今回は千葉県の堂本知事が大会委員長となり、宮城や高知県など7県の知事や厚生労働省の局長や担当者も大勢参加される等注目度の高い会となりました。私は宮城県福祉事業団理事長の田島さん・国際医療福祉大学の小林さんと共に第4分科会地域分散型のサービスを担当したのですが、大会を通じてある疑問を感じたのです。
このユニットケアは私が創設から参加している「安心した生活と住みやすい地域をつくる実践会議」というそれぞれの立場を越えて青臭くも真剣に話し合う集まりにおいて、福島の武田さんが最初に報告されそれが広がってきたものです。そしてこの発想の基にある精神は、自宅から遠く離れた世界で、集団生活・集団援助をしてきた既存の施設生活に対する改善策であり、できる限り利用者個々の生活を支えるためのスタートとして、大きな集団を小さく(ユニット化)して住環境の質を向上させることと、個々にあわせた柔軟な支援体制をつくろうとしたものです。そしてその次には地域社会で暮らせるシステムを提供することを目指していました。
しかし今回この会で感じたことはまるで流行語か御題目のように「ユニットケア」が使われ、「30人のユニットケア?」「ユニットケアにしたら全て良くなった?」等の報告が目立っていました。Evidence Based Care(根拠に基づいた介護)はほど遠いといわざるをえませんし、また現在の人員基準で割り返すと、日中は利用者6人対職員1名、夜間は利用者25人対職員1名ですからハードだけがユニット化されてもスタッフは集団援助のままというのが現状で、2:1に引き上げても大差ない程度なのです。それをスタッフ増も無しにユニットだけを唱えたり、わざわざ遠くの地域からその人たちの生活を切り離して大勢の集団生活となるユニット施設が「新たに」作られることに疑問をもったところです。
みなさんは本当に家族や友人から・地域社会から離れた生活をしたいのでしょうか?もちろん地域性もあることですから全てを否定するわけではありませんが、当日集まられた知事さんたち全員が施設入所を否定された事実が一般社会の本音なのではないでしょうか。
私たちが今年1月にサポートセンターを開設したのは、一日も早くそれぞれの地域社会で自分らしく生活することを支えるためですし、ユニットケア・個室化の地域版として考えたものです。(つづく)
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